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OBの近況


UPDATE

今まで「雑記帳」に載せたりしていた、OBの皆さんからの近況を載せるページを作りました。
2002年以前のOB近況

小村さん(13代)からメールを頂いた。(2006.04.02)
13代の小村です。
仕事柄、毎月屋久島へまいりますが、先日屋久島空港で
「失礼ですが、市大合気道部OBの小村先輩じゃありませんか?」
「ん?・・・・・・・・・・・・」
「え・・・・・・・・・・・え!」
なんと16代主将だった鈴木君がいました。
春休みを利用しての家族旅行との事。
卒業以来20数年ぶり。
お互い変わり果てた体型ではありますが、それよりもなつかしさとうれしさでいっぱいでした。
2年に一回ぐらいは顔だしたいですね。
次の○△周年はいつでしたっけ?

それに対する椋(OB会事務局)の返信。
小村先輩

ご無沙汰しております。22代の椋です。

大阪市立大学合気道部は今年39代になります。40周年が来年です。
今年の旧三商大戦が大阪市大で開催でして、大阪近郊のOB・OGの
方々には、その頃から情宣をしかけていければよいのではなかろうか
と、思っております。

ちなみに今年の3回生が2人しかいないので、出しゃばらずにOB
が助けてあげられれば、とも思っております。

斎木さん(28代)から暑中見舞いでかつ「結婚しました」ハガキを頂いた。(2004.07.31)

5月に挙式だったとのこと。
彼女とはいつぞ江坂の「自然派ラーメン」(既にここは他のラーメン屋に居抜きされている)でばったり会って以来です。 合気道部のページやこのブログ(雑記帳)を読んでいてくれていると書いてあり、ありがたいことです。


延原さん(22代)のブログ(2004.6.15)

偶然見つけました。電話して聞いてみたら、いつまで続くかは分からないそうですが、ご一読を。


小村さん(13代)から電子メールを頂きました(2004.4.4)

小村さんが書かれている堀脇先生の奥様は京都大の武産合気会の出身で、 椋が白帯を締めて吹田の天之武産塾合気道々場に 通いだした頃、既に黒帯を締めて来られていました。大先輩なのです。
実は何を思ったかまた合気道やりたくて、町道場2箇所ほど見学にいきました。
1つ目・・・パス(何をいわれているのか理解不能)、2つ目・・・斉藤守弘先生に岩間で学ばれた堀脇先生 です。  奥様もされてて、なんと昔、阿部師範に吹田か高槻かで学ばれたそうです。 椋をムックンと呼んで知ってるそうです。 (今度旧姓を聞いときます) いろんなところでいろんな人との出会いがあるもんです。  で、ここで稽古させていただくことになりました。
ではまた。

徐さん(26代)から電子メールを頂きました(2004.2.11)
(前略)
私も出向で東京にきて、2年が過ぎました。関西弁を直せと言われてますが、なかなか中途半端なしゃべりになってます。大夫、東京にも慣れましたが。
合気道は、もう何年もやっておらず、太ってきて困ってます。また、始めたいですね。

延原さん(22代)にお会いしました(2003.12.16のウェブログより抜粋)
今日は市立豊中病院で胃カメラ(本当にきつかった)のあと、ラーメンでも食べたいなと千里中華街に行った。入ってすぐのお粥やさん「四季粥鋪」のショーウィンドウを見ていて、ふと横を見ると歩いてくるのが大阪市立大学合気道部で同期だった延原さんである。お、と思って声をかける。約10数年前、私が主将、彼女が副将で1年間合気道部を運営した。

延原は、住んでいる場所も北摂だし、千里中央から通学バスが出ている梅花女子大学の助教授だから、会ってもおかしくはないのかもしれないが、まあこんなタイミングで会うのも珍しいだろう。学生を見学に連れて来ていて、学生の食事タイムに延原はひとりでぶらぶらと店を見て回っていたらしい。彼女は住居環境なんかが専門だから、店構えなんかを見ていたのかもしれない。立ち話で、近況などをいっとき話して、直に学生のところへ戻っていった。

「クラブのこと何も出来なくてごめんね〜」 (この〜部分に、延原の独特の話し方を読み取って下さい、延原を御存じのOB,OGの皆様)と言っていたが、何の私も最近稽古に行けていない。そう話すと「むくちゃんが?珍しいね」と言っていた。

田中さん(18代)にお会いしました(2003.9.24の雑記帳より抜粋)
山口県阿武郡須佐町の実家から、今日家族で戻ってきた。

さて、帰る前に異な所で異な方と出あった。

今回まだお墓に参っていなかったので、お彼岸でもあるし実家近所の墓地に寄った。お墓にお水を差し上げていると、他のご家族が墓参りに来られたのが目に入った。(うちの墓地は町営墓地で、駐車場がすぐ隣にあって誰が来ているかすぐ判る。)見ると御一家のご主人が、田中さん(18代)だった。

まさかこんなところで、田中さんにお会いする訳ないしな、と思ったが声を掛けて見ると、やはり田中さんだった。奥様が、同じ須佐町の弥富(やどみ)というところのご出身だそうで、それで帰郷されていたらしい。

田中さんは、このひとは何をじろじろ見てるんだろう、と思われていたらしい。私が大阪市立大学在学中には、練習や宴会に来て下さって、よく相手もして頂いていたので私は間違いない、と思っていたが、田中さんにしてみれば居るはずの場所に居るし、以前と違う眼鏡を掛けているし、頭も薄くなって「おっさん」になっているし、あれが椋だとは思いつきもされたかったのだろうと思う。またご挨拶のメールでも、お出ししておかねばなるまい。

小村さん(13代)がページを見に来て頂いたようです(2003.9.23)
「足跡」ボタンのクリック結果で、 小村さん(13代)と思しき訪問結果がありました。

斎木さん(28代)からのメール(2003.7.29)
こんばんは、ご無沙汰してます。合気道部斎木です。実は池田さんとしんちゃんの結 婚式写真を入手しました。(以下、面白いけど略)

山川夫妻結婚式

中国の中井さん(21代)から(2003.05.08)
お仕事で中国の福建省に行かれている中井さんに、 たいぶ前に頂いたお祝いのお返しをお送りした ところ、S.A.R.S.の影響も少なくお元気と ご連絡を頂きました
厦門は北京、香港ほどひどくはなく、 発症した人数も公表では3人ほどで 街はいたって平静です。

しかしながら、空港では体温チェックをされ、 警戒体制は一緒です。

10年近くやってませんが、呼吸法で 気を充実させて、気を付けます。

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