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稽古のときの心構え(2)試験のはなし

                                                    (記 椋 康雄 2004年7月28日)

合気道は、試合というものをしない。

富木合気道のように、稽古のひとつとして試合という形式を採っている会派にはある訳だが、 植芝盛平翁先生の語られるところにはなかった。


みなそれぞれに処を得さしめて生かし

一元の営みの分身分業として働けるようにするのが、合気道の目標

絶えずこの祈りによって争いさせんようにする。だから合気道は試合を厳禁している。
(『武産合気』白光出版 「私の合気道修行方法」より、抜粋)


それだけに、日頃の稽古をする際の目標 を明確に意識する必要が各々に求められる。 上記翁先生の談話には、大きな目標が語られているわけだが、 それを各自のことばに置き換えて稽古しないといけない、ということだろうか。

これに関連して、 他の大学合気道部の昇級試験と、大阪市立大学合気道の昇級稽古をみて、書き綴った文章があるので まとめ直しておくことにする。 先に書いた『稽古のときの心構え』とは要点が違うはなしなのだが、 同じ題名を冠しておく。

どういうことを書いたかというと、「試験は普段の稽古通りに進むとは限らない」 ということを意識しておく必要がある、ということだった。

受けが普段稽古しているひとになるとも限らないし、準備していなかったことを試験として科されることもある。 そういう事態全てに、試験を受けるものは対応することが求められる。

それも、「試験の対策」という自己完結的な目標で求められるのではなく、 普段の稽古のレベルを高めておかないと、「当たり前」のレベルを高めておかないと、 役に立たない、そこを見られるのだ、という意味でのことである。

具体的には、

1.常にあらゆる事態を想定して稽古をする。

2.外にも出かけていって、稽古をする。

というようなことを想定して書いているのだが、マニュアルを読んでそれに従うように そうするのではなくて、自分で目標を設定し、自分の頭で考え、反省する ということの癖付けを普段の稽古からするのである。 (ここらへん、普通に仕事をするのとなんら変わりはない)


別の書き方をすると、自分の為に稽古するのだと意識する必要がある。 誰かにやらされてるとか、先輩が言ったからとか思ってやっているとしたら、時間がもったいない。

大学生なら10代・20代の貴重な時間を使うのだから、自分の為に使わないといけない。 稽古の時も、試験の時も、自分が中心。普段からそう叩き込んでおかなければならない。


 
 

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作成元:大阪市立大学合気道部 OB会事務局