初 め て 役 を 創 つ て


谷崎 真弓

やっと一つの壁を乗り越えたと思うとすぐ又第二の壁が目前にある。私はその薄汚れた壁の端をまるで仔鼠のようにチビチビとかじっていた。そのかじり方がともすると上調整になってどうしても丸い穴にならない。それどころか時にはいくらかんでも歯形一つつける事が出来ないことさえあった。そんな時、どんなに小さい歯形でもよいからこの壁にと懸命になる。しかしやっと壁につけたその一つの歯形に思いがけぬ黒ペンキが塗られた時仔鼠たる私は唯ゝ狼狽するばかり。初めての役造り。それも風土を異にするアイルランドの一娘を演じることは靴をはきかけのまだ一歩も足踏みしたことのない私には情熱だけではどうにもならぬほどの大仕事だ。自分なりの演技で精一杯ペギーンに溶け込んでいるつもりであり、又日ごとにペギーンへの愛着が深まって行くに拘わらずまだまだ仔鼠の域を脱しない。とにかく一日も早く黒ペンキに負けず突進できるような大鼠になりたいものだ。

森 武彦

「クリスティは、ペギーンとこの居酒屋を立ち去ってからどうしているのか?《っておっしゃるのですか?私は親父と気ままな放浪の旅を続けています。えゝ親父との間は、どうにかうまく行っております。全て私のイニシアのもと親父は動いているんです。やはり、頑固親父には鍬の一撃が一番いい薬になるんですなぁ「生計はどうして立てているのか?《ですって、人のことはどうでも良いじゃないですか。まあ、メヨの馬鹿共の話をふれ廻って結構一宿一飲にありついていますよ。まだまだこの国の人々から軽信性が抜け切らないようですから飯には困らないでしょう。 「これから先の事は?《ですって、まあ、自然にさかわらず生きていきます。これが私のモットーなんで。あくせくしたって仕方ありませんや!しかしネフインの山の夜露のなかをあの老いぼれ親父と歩いてもこればっかしは風情がありません。なんとかならないものでしょうかね、まったく!

三谷 桂子

アッハッハハハ・・・・・・可笑しくって、可笑しくって・・・・・・だってあの男、クリスティのからくりを知っているのは、この私、クインの後家さんだけだものネ。私は何事にもがめつく出来ているから、どんな場合にだって駈け引きを忘れたりはしないよ、・・・・・・しかし、あの男、ちょっと気になるネ。仲々いい男じゃないか。あんんなぺぎーんなんて小娘に夢中になっているけど、今にみてごらん、終いにまずい事が出来て、子供を亡くし、亭主に死なれた私のような後家より他に、あの男の味方がなかったら、面白い騒ぎになるわ・・・・・・。
生まれて初めて演劇と吊のつくものに、足?を入れて、にわかに十二才も年上の後家役なんて・・・・・・世の中の酸いも甘いもかみわけたクイン後家に果たしてどれだけ私が近づけるか?否、近づくだけではいけない、アイルランドの女、後家クインに私はならなくては、なりきってしまわなくては・・・・・・
(パンフレットより)


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