演出の言葉 |
向山 平八郎 |
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演出とは芝居を創るものである。と演出を引き受けた時考えていたし、又その事実その通りである筈だ。しかし練習日程も大半を費やした今過去の練習を振り返ってみると創ることよりも自分を壊された事の方が遙かに多大であったのを感じる。過去幾年かの演劇活動において、アクターより他の部門を受け持ったことのない自分が演出をやりたい、自分の芝居を創りたいという意欲だけで経卒に立ち上がった自分を反省しつつ考えてみました。この芝居で「つのぶえ《が表現しようとしたもの
、所謂、テーマについて、この戯曲を最初に読んだ時には、当時のアイルランド悲惨な環境がまずこの戯曲の背景として、僕の脳裏に浮かんだ。ジョンブルに搾取、圧迫されていた当時のアイル人達はその抵抗運動をゲリラ的に沈潜した独立運動として続けていた。従って彼等が心から求めていたものは、彼等の状況を根本的に変革してくれる英雄の出現であったろう。どれ故に比較的裕福な環境に育って精神的に余裕のあったシングがそれに対して批判的な目を持って接していたことは想像に難くない。この様な観点からすれば、この戯曲のテーマは皮相な英雄崇拝に対する警告であったものとも考えられる。しかし一度、そのような戯曲のとりあげ方をするなら、登場人物の全てを否定的な描き方をするより他にないであろう。登場人物の全員を否定的な描き方をすると劇全体が暗い観念劇に堕するであろう。しかしシングの描こうとしたものは、もっと大きくより普遍的なもの、つまり現実の生活に根ざした詩、労働者のなかに生まれる詩ではなかろうか。この様な採り上げ方からこの戯曲の演出を続けていこうと思う。今の「つのぶえ《は丁度新旧の交代期にある。アクトレスは全員一回生の初舞台だし、クリスティーにしろ二回生ながら初舞台である。他方、準主役級に山脇、鍵谷の両ベテランを配して調和を計った。ひたすら「つのぶえ《の伝統を汚すまいとして努力を誓うのみ。
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| ―パンフレットより― |
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