…新人の抱負と随想…

フェルハード…………………高 崎 継 義

恋するものは臆病になるといいますが、このフェルハードは、どうして泣きも呻きもしなかったのです。彼はシーリンとははなればなれになっている十年間に、彼女を肉体だけでなく、彼の精神でだけで理性で愛し通したのです。彼の胸の中では、シーリンと鉄山の水は一緒くたになってしまったのです。そして彼女が姉の条件をもってきても、彼は鉄山を掘ることを止めなかったのです。彼が描いたチューリップのような、彼等の愛の結晶である日の光きらめく様な水、そんなシーリンをより多くの人に分け与えること、即ち大理石の噴水からシーリンを、アルゼンの町の人々に分け与えることが彼の生き甲斐となったのです。彼は確かに英雄です。しかし彼のような男は、ぼくたちの周囲にも沢山いるのではないでしょうか。僕がこのフェルハードを、英雄ではなく、人間らしい人間として、どの程度演り終せるか……


メフメネ・バーヌ………………谷 垣 克 子

ちろちろと燃えるたき火の中に、時々真白な私がつっ立っている。その虚ろに開かれた瞳は何かを訴えるように私をじっと凝視する。
 失望、孤独、そして幼時への回顧。
 幼い昔の日々は幸福に満ちていた。
優しい祖父母と3人きりの静かな田園生活。自然をこよなく愛し、彼等と戯れ、そして苦しみを共に分かち合った。金色に輝く雲や花の上に私の魂は魅了され、彼等の投げかける言葉の数々は、私を言いしれぬ歓喜に導いた。私の魂があまりにも長く人界の懊脳、葛藤から遠ざけられていた為に、第二の旅路で酔いしれて歩みながら途をよろめく……
人々はみじめな私を嘲笑し、前方へ歩みをはせながら私を見出すだろうが、私はもう一度歩みを後ろに向けたいのだ。
 そして塵にまみれた私が倒れる時
 生まれた時の私に戻りたい。

シーリン………………………山 本 富 佐 子

初めての舞台、初めての経験、何もかも新しいものばかり。音楽を聞きながら、或いは散歩しながら何時何処でもあの素晴らしい女性をどうして生み出せるかと。
十五才にして恋を知り、その恋のために一生を送るシーリン。美しくて勇気があり情熱があり、別離の十年間という長い年月を強い忍耐とフェルハードへの変わらぬ深い愛情で、彼の描いた蛇腹の絵模様を見ながら愛のフアンタジーを追っていたことであろう。一秒でもはやく彼と一緒になりたいのに、彼のために、そしてアルゼンの市民のために"兵士の母が兵士を待つ様に囚人の妻が囚人を待つように"確定の出来ない長い年月を待つのである。何処迄やり通すことが出来るのかと、私のシーリンは期待して居ります。

背の高い男…………………長 谷 川 洋 行

演劇の中に看出される生活態度や人生感を実人生の中に移項したとすれば、圧縮され、緊張の連続な演劇の精神に、気休めを欲する人間は飽きてしまうに違いない。だからといって演劇と実生活とに何の連鎖も存しないと云うことにはならないのだ。
例えば或る人ならこう考えるかも知れない。「俺は濃縮された人生そのものの劇薬を飲んでみたい」と。至極当然だ。
僕ならこう教えてやる。演劇を見なさいと。実人生―不重の気圧、沈滞しきった感性―に表象出来ないものが小さな場で行われている。演劇にどんなにか含蓄されているのかわからないのである。

装 置………………………小 田 切 陽 三

芝居の仕事をするのは楽しいことである。何が楽しいかと云って、色々の人達と協力して何かを創り上げようとするファイトを夫々に又自分も持ち、何かに対して意欲を感じているという事だと思う。
しかし我々には学問という切り離せない仕事がある。我々の芝居もこれの許す範囲に於いて行われるべきであろうが、そのために意欲を感じ乍らも充分に満足出来るまで芝居の仕事にうちこめない。といってこちらの仕事をしているので自然に学問の方がおこたりがちになり、朝起きてもその日の授業を思って憂鬱になる。このようなどちらにも中途半端な気持ちで最近過ごしている。今度の公演で装置を受け持ったが、すでに数時間の授業を犠牲にした。

照 明………………………井 上 淳 一

「おーい陽ちゃん。ホリズォント作ってくれよ」
「そうやなあ今度張り物だいぶ多いからなあ」
「そこを何とかたのむ。黒幕やったら朝の感じ出へんねん」
装置の陽ちゃんと毎日こんな事を云いながら取りくんできたんだが、日がたつにつれ照明も案外(いやそれ以上に)むづかしい物だと云う事が分かってきた。
脚本をはじめて読み終えた時の感激!
陽ちゃんと二人で「こいつあー楽しいぞ、絶対キャストやりたいなあ」と見事に意見一致を見たんだが―
悲しいかな理工学部に席を置く身、時間はなし、校舎は離れているし……たこの足大学の悩みを充分味わいつつ涙をのんでスッタフに回った。しかし今では照明の仕事に限りない喜びを見出して、「ドーヤこのプラン」「そーやなあ夕日をどう扱うかが問題や」とやっている。建築に進む陽ちゃんが装置を楽しんでいるように、化学に進む俺はゼラチンとコロイドの研究でもやらかすか!!

演 出 助 手………………宗 田 阿 弥 美

この作品は面白くない。君の感覚がおかしいのか、僕等の感覚が間違っているのか?議論するのが面倒で、妥協したけど―演出助手をすることにより、作品の価値を見出そうとしたけれど。
やはり、よし私の感覚が間違っているにしても、それを是とせずにはおれない。

バグダットの人………………吉 本 洋 一

夜の砂漠は怖ろしい程静かです。私は若い頃ラクダの背に頭を乗せお星様を見ながらよく考えたものです。「何故人間は生きるんだろう」私をこよなく愛してくれた私の美しい妻は若くして死にました。妻の死は私から生きることの意義を奪ってしまったのでした。私の青春のすべては私の愛する妻に捧げられ、自分の青春を再びやりなおそうとするには私はあまりにも年をとりすぎ分別しすぎていました。そして皮肉なことに人生からとりのこされた私はかえって人生の美しさを知るようになったのでした。私は自分の煩悶の秘密を知りました。この世に存在するあらゆる美しいものを遠くから接しなければならないように運命ずけられた私は自分の想像力と観察でもってする以外に、美しいものを得る途がないと知りました。それ以来私はずっと旅をしています。明後日の夜明けに私はアルゼンにつきます。向こうではエシレフ・ウスタが私を待っています。美しいチューリップの絵が見られることでしょう。

め の と……………………………北 井 邦 子

 雨が降る
うすぐらい稽古場
公演まで一週間。
 第×場練習中
「ストップ」演出の声
朝から何回声をかけられたろう。
 この声……………
「ストップ」
キャストも苦しいが
見ている者も苦しい。
何故芝居をするのか、
不思議に思える
 時々。
夕日が沈んだ。
黙々と帰宅の用意。
「明日練習十時より」。
 「サヨナラ……」

星 占 師………………………下 村 耕 太 郎

M君。見るからにうれしそうな不安そうな面持ちと足取で教室へ入る。友人、O君、近頃君は随分楽しそうな面をしているがそんな顔ははじめてだよ。M君。にやりにやり笑いながら。M君曰く、実はねアトリエ公演のX役を仰せつかったんだよ僕みたいなズブの素人があんな役出来るだろうか。全く珍プレイをすること演ずること請合いだ。と想像しながら自分で悦に入ってるんだよ。O君。なに大したことはないさ、市大には美人が多いというじゃないか。舞台から一見すると紳士淑女が見渡せるじゃないか。成程、君の言如かり。

エ シ レ フ………………………永 井 猛

エシレフ!この役を演ずるのがまったくいやになった。何故って僕の欠点をかき集めたような奴だからだ。他人に己の非を知られる恐ろしさ、実につまらんと思う。でも怖ろしい、他人がエシレフを通して俺の非を知ってしまうような気がする。しかし、エシレフは良い所があるんだとわかるとたいへんうれしく思う。今度は自分の良い点を発見しようと努力する。でも、みつからない!せめてエシレフを演じて我慢しよう。さて、舞台に立つ。ああ何て自分の五体を動かすむつかしさよ。そばから見ておれば、ああすればよい、こうすればより良くなるとわかるけれど自分の役をするとなると手が、足が無用物のような気がしてくる。でもこれを自分の考えるように動かすことに役者の喜びがあると思う。そして他の人の呼気が合って脚本からうける情景をぴったり出せた時の喜びは又かくべつである。

娘 1………………………栗 林 和 代

 「愛の伝説」「恋のれんげだ」。
 トルコの芝居。
 どうやら「ウスクダラ」の方が似つかわしいように思うのだが。

娘 2………………………池 田 准 子

「あたいは見たの」「あたいは見たの……去年」何度云ってみても駄目。全然感じが出ないのだ。演出さん曰く「その調子なら娘1と娘2と入れかわっても同じだ……」熱心にやらなくてはいけないとわかりすぎるほど分かっていても今日はどうしてもやりたくない。アイスクリームでも食べに行こうっと。
7月2日 公演1週間前。

セルヴィナズ………………栗 山 千 枝 子

「かったるくて、手がおっこちそう」(然り)なんて思いながら扇代わりに台本で、シーリンをあおいでいるんです、私が。
公演なんてまだまだ遠い日の様に、又他人のやる事の様に感じられて仕方ないんで。(演出さん、それに皆さん。ごめんなさい。)

絵 師 の 長………………西 村 康

入部して以来何ほどもたたない時にアトリエ公演で坊主の役をやれ、と演出の方から言われて、ともかく坊主らしくやろうと思っていると、今度は絵かきの親方に変わってくれとのことで、全くさとり切った坊主から職人かたぎの親方への転換はともかく百八十度的転換である。
そんなことで役柄を十分つかまないままに、公演五日前の今日を迎えて青息吐息である。
× × × ×
多ぜいの人たちとわいわい言いながら、練習して楽しいことではあるが、今まで一ヶ月の練習で分かったことは、演劇とは本当にむつかしいという事。

効 果………………………大 門 昌 博

この作品は素敵だ。
僕達が否応なしに対決させられる問題―恋愛=個人的愛情と社会・人類愛との矛盾―をあますところなく暴き出し、見事に解決している。フェルハードもシーリンも勇敢だ。何のエゴもなく、恋の成就を人民への愛の貢献と一致させ、涙もみせぬ。
孤独や絶望の底に観客までひきずり込んで、のたうたせて悦に入っている観念劇がのさばってる今日、僕はこの作品と上演に快哉の拍手をおしまない。
(パンフレットより)


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