演出の言葉 |
西坂 博 |
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………だが、彼らの中にあってジュリエットは、一人強烈に生きようとしています。彼女を通して、アヌイは、若さの全てを打ち込むことによってのみ得られる勝利という一つの主題を執拗に追求し続けているのです。彼女は与えられた枠の中にはまり込むことを拒否し、懸命にそこから逃れようとします。そこにはいかなる自己欺瞞も許されません。ただひたすらに純粋性を守り抜くことだけが必要なのです。身分も何の取柄もないただの泥棒と彼女との結びつき、これほど矛盾に満ちたものはありえません。ところが、アヌイは、矛盾を矛盾と感じさせるもの、それが人間を人生の敗北者たらしめるものとして否定し、純粋性を守り抜くためには、自己の内面に湧きおこった情念が、直ちに行動と密着しなければいけないと主張しています。ジュリエットは、驀らに選んだ道を突進します。その道が何処に通じているかも知らないで、いや、たとえそれが破滅の淵に通じていたとしても、彼女はその道を選ぶでしょう。何故なら、それが一番素晴らしいから。そこに初めて、守り続けられていた純粋性は絶対の純粋性へと成長するのです。 だが、この戯曲が何か一つの弱さを感じさせるのは、ジュリエットの選んだ道が、人生を知り尽くしてしまったレディ・ハーフによって地均しされたことにあるのではないでしょうか。これが、情念と行動との透徹した密着性に於ける美に、一抹の影を与えているようです。 |
| ―パンフレットより抜粋― |