―稽古場の片隅― |
"通行人" |
岡 寛 |
旅をする男がいた。男の幼い時戦いがあった。母親は男を捨てて逃げた。男は旅を続けた。男は仲間を得た。男と男の友情だった。仲間の恋人を奪った時、仲間は去った。男は旅を続けた。山賊が出た。命が危なくなった時、男は妻と引き換えた。男は旅を続けた。雪国へ来た。男は一人歩いていた。男は雪の上に真紅の血を吐いた。男は雪にうずもれた。それでも男は旅を続けていた。
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池田 克彦 |
"クオー寒い"思わずオーヴァーの襟をたてる、いや違った。俺にはそんなものはなかったんだ。だけど俺には、俺のオフクロがオヤジのチョッキをほぐして作ってくれた温かいジャケットがある。俺の信頼してきた過去の人間がくれた若者の情熱がある。しかし俺の肉体は泣いた寒いと。何故だろう、俺の情熱が冷めて来たからか?未来に確信が……だめだ今のままでは、絶対だめだ……。
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梶木 洋子 |
今朝も常時と同じ時刻に登校する。道行く人に昨日と今日と変わったものは感じられぬ。各々異なってはいるがある一定の歩速、沈黙や笑い等は同じ役を違った俳優が演っているようで面白い。この俳優を種々と考察するのもこれ又楽しい仕事である。役附きで実際仕事をしてる時、それに案外無関心である日常を思い出す。日頃の細かい心遣いがかけがえないとことを再認識する。
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渡辺 敏之 |
ホソーイ雨がモヤーッとした中をスーッと走っている。ノッソリ突立ったイタスギが三階の十二番教室の窓スレスレに頭を右に左にゆすっている。そのスギの合間に年老いた道がノーッと寝そべっている。黒く舗装された地のあちこちに白いツギハギが見える。 それでも一つ、それも大きいのがポッカリと口を開けて、水をためている。―と、 右から現れた男は右にさけて行き過ぎ、左から来た男はサッと跳び越えた。 大きな穴の水は、その都度チラッと影を写しながら暗い空をみあげて静まり返っていた。 |
小野 愛生 |
薄暗い一室。二人の男が何かこそこそ話している。芝居の真最中。コッ、コッと靴音がする。男達はハッとして戸口を凝視しピストルをかまえる。足音は不気味な音となって上手から下手へ。誰も咳払いひとつさえ出来ない瞬間。足音は止まり、戸口を叩くのか。否、止まらなかった。行ってしまった。男達は元へ戻り芝居は続く。オヤッ、今度は舞監がサインもしないのに、右手の方から鋲の打った靴音がする。やはりだんだん大きくなりながら、こっちに来る。今度のは音も大きいし、音色も前のよりずっと良い。鼻歌さえ混じっている。彼も又通行人である。ただ進行中の芝居に彼は関係ないのである。そこで前者は芝居を作り、後者は毀した。確かに、二人とも偉大なる通行人なのだが。
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"雲" |
岡部 恭子 |
雲と云えば低く垂れこめた黒雲を思う。黒雲と冷たい大地との間でひしめき合うきたない人間。今にも泣き出しそうな空は曇天、それはどうする事も出来ぬ宿命を意味するそして今度やる芝居も曇天、この中の野江もまわりから圧迫される自由のない、真四角な暗い箱の中の人に描かれている。人は、悲しいもの、しかし救いのない黒雲も時につれやがては青空に浮かぶ白雲となる事を今の私はそれを唯一の楽しみとして待っている。
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下村 隆雄 |
流れゆく、形も定まらぬ雲に、僕の希望と夢をかける。 消え去る夢。形もなき希望。 雲は新しい。雲は何も知らない。新しいからこそ、何も知らないからこそ僕の夢を託すのだ。 流れゆく雲の愛撫に僕の生命を任すとしたらどのような事になるのだろう…… 今の僕にとって、その答えを意識することが恐ろしい。 だがあの流れゆく雲に限りなき情熱を注ぎつつ見守っている…… |
小松 光三 |
「ワア!、すごいや、光三はやくはやく。」 「何だい?にいちゃん。」 「ほら、あの雲キリンビールのキリンにそっくりだろう」 「ほんとだ!でもくしゃくしゃだね。」 確かあの頃私の家は今より苦しかったが、幼い日のつまらない事が紫のヴェールに包まれて記憶のすみにしまわれている。今日も広大な青空をゆったり流れる雲模様を仰いでいるがあの時と同じ形の雲は何処にも見当たらない。 |
| (パンフレットより) |