【感ずるままに】

小田切 成明
学生演劇が既成脚本に頼っている間は決して発展が見られない。そのためには自分達で書くより他に道がない。そのように考えてからもう随分経ってしまった。筋ばかり考えてみたり、せりふにひっかかったり、―結局、第一回目のは学生の日常を余にも忠実に追っているだけで何の意味もない作品になった。第二回目には事件を追うだけで何の主張しているのか、全然わからない、というのでオジャン。それで今第三稿を作った有様なのだが、これが又大変、書いているうちに登場人物のイメージがだんだんぼやけて来る。学生ばかり十人以上出てくるのだから無理もないかも知れないが結局十人なりの者に一人の思想を盛分けた様になって来る。それでは決して成功とは云えない。人間を描くならもっと積極的につかまえねば―余にもこの仕事は難しすぎた。そのうちに一枚の原稿用紙を埋めるのに二日も三日もかゝる有様。自己の能力を疑わざるを得なくなる。それで自己嫌悪、全く散々の態。どうして自分がこれ程苦しまなくてはいけないのか解らなくなって来る。しかし、とにかく曲りなりにも一つの作品を書上げた事は意義があったし嬉しかった。自分が如何に不注意に日常を送っているかを痛切に感じ、体験するといふ事はどれ程価値のある事かを知った。
今の学生生活を振り返って見て、それが如何に生ぬるい観念の中に溺れている事か、僕は心配せずにはいられない。このことは僕だけに云える事かも知れないし、又一般に云える事かも知れない、なにはともあれ、僕の心の中に育っている学生生活は余にも圧迫された狭いものである。その中で苦しんでいる学生が井戸の中の蛙の様に思えて哀れでならない。そう云った生活の中の学生の動き考えと云ったものを僕なりの考えを通して書いた積りなのだが…。が、その反面このまゝ放っておくのは気がとがめる様な気がする。僕自身観念亡者になっている様に思うので。
学生と云った新しい階級が作り上げられようとしている恐ろしい時代に、何となくに書かなくては気が済まなくなったのがこれを書いた本当の原因かも知れない。最後に協力して下さった先輩や部員諸君に感謝して筆を置きたい。
(パンフレットより)


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