演出雑記 |
| 日比野諦観 |
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ともかく今迄、余り発表の機会に恵まれなかった当演劇部が、遂にあらゆる困難を克服してここに初めて自力で発表の機会を持ち得たことは、誠に嬉こばしいことであり、意義深いことである。それだけに今度の発表会に対するキャスト諸君の練習振りには、今までと違った真剣味が見られ、演出するものにとって、これ程感謝し、又それだからこそその責任を痛感せしめられたことは少ない。
さて、この戯曲の作者ロマンは、この作品で彼の提唱するユナニミスムの理論の側面である群集心理の強調を、モリエールの如く医者を登場させて、医学上の複合心理の分析と組み合わせることによって、現代の多くの劇作家が危険視して用いなかった、古典喜劇の要素を大胆且つ巧妙に駆使している。だからそのセリフの間には実に微妙なイキと、構成があり、これを下手にすると、作者の折角の労苦も水の泡となる危険性が多分にひそんでいる。又この作品は、まるで十七世紀の古典劇のようにト書きが非常に少なく、その数少ないト書きはみな大きい意味をもっている。このようなことは演出するものにとって、やり甲斐のある劇でもあり又、大変困難なものであることは確かで、どのように出来上がるかは、カマを前にした陶工のそれに似通ったものがあり、大方の御批判を待つより外はない。 芝居を見てそれを如何に解釈しようと、それは観客の自由であり、強いるべきものではないが、ただ一つ、この劇を観て、更めて貴方の周囲にクノックがいないかどうか注意することをお奨めします。私は決して医師クノックを指していない。政治家クノック、芸術家クノック等、その他あらゆる分野のクノックが貴方の周囲に居ないでしょうか?その存在を許しているのは誰か?私ではない、貴方です。その制作者は実に今日我々の生きている社会そのものなのです。貴方はこの劇を観て笑うでしょう、いったい誰を笑っているのか、貴方です、貴方自身を笑っているのです。これは貴方にとっては悲劇です。立派な喜劇はそこに悲劇的な要素を含んでいるのではないでしょうか。存分に笑って下さい。演出としてこれ程嬉こばしいことはないのですから。なお末尾ながら、公演に際して講演、其他に協力して下さった諸先生方に御礼を申し上げます。なお又装置担当の坂本君が、今度春陽会に入選したことは部員一同にとって祝福すべきことであり、心強いことである。 終わりに各種の事情から第一幕をやむをえず割愛せざることを得なくなったことは演出するものにとって大きな痛手であると共に、観客の皆様に心からお詫びする次第である。(パンフレットより) |
※ユナミニスム;20世紀の初頭、自然主義に続いてフランスに興った文学の一傾向。個人を超えた集団の一体的な生命感を重視する理想主義的な立場をとる。ジュール・ロマンが提唱。(広辞苑による) |